おすすめの本:キッチン
第32回目のおすすめの本を紹介していただくのはエンジニアのIYさんです(入社3年目)
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今回は、吉本ばななさんの「キッチン」という小説を紹介したいと思います。
【あらすじ】
幼い頃に両親を亡くした主人公みかげ(大学生)は、祖父母と暮らしていました。しかし祖父も中学生のときに他界し、それ以後みかげは祖母と生活をしていました。
しかし唯一の家族である祖母もついに他界してしまいました。みかげはその現実を受け止めきれず、悲しみに暮れていました。
そんなとき、みかげは祖母が仲の良かった花屋で働く田辺雄一という青年に声をかけられ、雄一とその母親であるえり子(トランスジェンダー) の家に居候することになりました。
みかげと似た境遇である雄一やえり子の何気ない優しさに触れ、みかげは徐々に祖母の死を乗り越えていきます。
そして田辺家を出る決意をします。
【和語、漢語、カタカナ語(外来語)】※少し補足
おすすめ理由を書く前に、少し補足します。
日記であれ、チャットであれ、普段何か文章を書くとき、和語・漢語・カタカナ語(外来語)の3つの語種を使って文章を構成します。
同じ意味を指す言葉でも和語・漢語・カタカナ語で受ける言葉の響きが違います。
例えば、民主主義を例にとると・・・
・主役は私たち(和語)・・・どことなく柔らかく、暖かみを感じます。
・民主主義(漢語)・・・(和語に比べて)固く、冷たささえ感じるときもあります。
・デモクラシー(カタカナ語)・・・これまで経験したことがなく、中身がよく分からない印象を受けます。
【おすすめ理由】
タイトルワードの「キッチン」とは裏腹に、まず冒頭で
私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う
から始まります。 台所が一番落ち着く場所で、人生の最期も台所で息絶えたい、と思うくらい台所が好きなみかげ。祖母が他界してから田辺家に居候するまでは、寂しさを埋めてくれる台所で寝ていました。
さらに居候することになった田辺家のなかでも「この台所が好き」と一目惚れし、台所の近くのソファを寝床にしていました。
以降、「台所」をキーワードに物語は進んでいきます。
しかし、「台所」でない言葉が選ばれているところが2か所あります。
その一つが、祖母の家を引き払った帰りのバスの中で、居合わせた女の子とその祖母の楽しげな会話を聞き、急に悲しくなったシーン。
ふと気がつくと・・・(中略)・・・中からにぎやかな仕事の声と、なべの音や、食器の音が聞こえてきた。
―――厨房だ。
そしてもう1つは、居心地の良い田辺家を出て、未来へ向かう決意をしたシーン。小説最後の部分です。
夢のキッチン。
私はいくつもいくつもそれをもつだろう。心の中で、あるいは実際に。あるいは旅先で。ひとりで、大ぜいで、二人きりで、私の生きる全ての場所で、きっとたくさんもつだろう。
最後にやっと3つ出そろいました。
・祖母や田辺家の暖かさを象徴する「台所」
・2度と帰ってこない現実の冷たさを象徴する「厨房」
・結果的に「台所」になるのか「厨房」になるのか分からない、まだ見ぬ未来を象徴する「キッチン」
この小説の内容的には、特にハラハラドキドキするような展開もなく、みかげさんの心情が淡々と綴られているだけで、特に真新しさはありません。
ただ、そういった心情を、日本語の持つ3つの語種を使って巧みに表現しているところに、ばなな先生の芸術性を感じました。
60ページほどの短い小説ですので、気分転換に読んでみてくださいませ☆